医療業界の特性!日本の医療を医療経済学的視点で解説。

日本では、基本的に誰でも医療を受けることができます。公的医療保険制度に基づいた医療サービスが提供されており、保険に加入することで低コストで医療を受けることができます。

日常で誰でも利用している医療ですが、一般的なサービスや商品と比較し大きく異なる特性があります。

本日はそんな医療について、業界の特性やサービスの特徴を医療経済学的視点で紹介していきたいと思います。

医療業界の特性

まず、医療業界には経済学的にどのような特性があるのでしょうか。

需要と供給の不確実性

医療サービスの需要と供給は複雑であり、さまざまな要因に影響されます。

需要に関しては人口の年齢構成、疾病の発生率、流行、技術の進歩などにより影響を受けます。特徴としては「不確実性」を伴うことがあげられます。

例えば、疾病の発生は個人ごとに異なり、突然予期せぬ疾患に罹ることもあるため予測が難しいです。一方、供給に関しては医師や看護師などの人材や医療施設の設備などによって制約されます。

情報の非対称性の存在

医療市場では、患者さんと医療従事者の間で「情報の非対称性」が存在します。

これは、医療者が多くの情報を持っているのに対し、患者さん側はほとんど情報を有していないということです。

従って、患者さんは自身の症状や治療について限られた知識しか得られず、医療従事者が提供する情報に依存することが多くなります。これは、医療費の増加や効率性の低下などの問題を引き起こすことがあるとされています。

医療の質とコストのトレードオフ

医療の質とコストの間にはトレードオフの関係が存在することが指摘されています。

これは、良質な医療サービスを提供するためにはそれに見合ったコストがかかるということです。医療費の削減や効率化を目的としてコストを抑えることも重要ですが、コスト削減が医療の質に悪影響を与える可能性があります。

医療保険制度の特性

日本は国民全員を公的医療保険制度で保障しています。医療機関を自由に選ぶことができ(フリーアクセス)、安い医療費で高度な医療を受けることができるようになっています。

公的医療保険制度は、医療費を国民全体で分散させる仕組みです。国民は医療費の一部を自己負担することでお互いに支え合っています。公的医療保険は予防接種や健康診断などの助成もしており、国民の健康維持や疾病予防に役立っています。他にも、医療機関に安定的な収入をもたらす役割を果たしています。

このように公的医療保険は日本の医療業界において公平性、アクセス性、予防、安定的な医療サービスの提供という多くのメリットをもたらしています。

政府による規制の存在

医療業界は「政府」がさまざまな介入をしています。これは、医療の公平性の担保や患者さんの安全や利益を保護する役割があります。

経済的には、政府の規制と市場メカニズムの両方が関与しバランスをとっている状態といえます。そのため、医療市場は自由度が低く簡単に参入することができません。

これらの規制は、患者様の安全や健康維持、公平性、医療の質向上、費用対効果の向上などを目的として行われます。

医療サービスの特徴

次に、医療サービス自体にどのような特性があるのかみていきましょう。

情報の非対称性

医療サービスの需要者(患者さん)と供給者(医療従事者)の間には情報の非対称性が存在します。医療情報は専門的な書籍や論文サイトなどから入手するため、一般人には情報入手が困難です。従って、患者さん自身では妥当な選択ができません

医療従事者は患者さんよりも疾病や治療に関する情報を持っており、この情報の格差から需要者の自己決定権が制限されることがあります。どの医療機関を利用するかは自由ですが、情報の非対称性があるため需要者からはサービスの品質が分かりにくいのです。

一般的な市場経済では消費者は商品やサービスについて十分に吟味して計画的に購入します。情報の非対称性はあるものの消費者が判断できる情報は容易に入手できるものが多いためです。

〈医療機関の情報の非対称性における対策〉

  • 日本では第三者が信頼性の高い病院評価シグナルを公開しています。非営利の第三者評価機構である「日本医療機能評価機構」というところです。
  • 政府によって2008年から「医療機能情報提供制度」が発足し病院選択に役立つようになりました。これは全国の医療機関をネットで検索することができる「医療情報ネット(ナビイ)」というものを使い、診療日や診療科目といった一般的な情報に加え、対応可能な疾患・治療内容、提供しているサービスなどさまざまな情報から全国の医療機関を検索することのできるシステムです。
(引用)医療機能情報提供制度について |厚生労働省 (mhlw.go.jp)

保険契約の利用

国民皆保険制度により、医療サービスへのアクセスは平等で、患者さんが自分の選んだ医療機関で診察と治療を受けられる自由アクセス制度となっています。懸念事項として、患者さんが頻繁に医師を訪れる問題が生じており、無駄な需要が生じがちです。

結果の不確実性

医療行為(手術、検査、注射、薬物治療など)には、予測できない結果が生じる可能性があります。

患者さんやご家族様のご希望に添えず身体状態が悪化したり、治療期間が延長したりなどの不利益が生じてしまうことがあります。患者さんにとっては病気の治療結果が不確実であり、医療の選択には一定のリスクが伴います。

この不確実性にはいくつかの種類があるため、下記へまとめて記載してみました。

〈不確実性の種類〉

  • 認識的不確実性
    医療の専門家は、患者の症状や疾患を正確に認識することが難しい場合があります。症状の解釈や診断には主観的な要素が含まれ、不確実性が生じます。
  • 相反的不確実性
    患者に対する治療法や手術の選択肢は複数存在します。しかし、それぞれの選択肢には利点と欠点があり、どの選択肢が最良であるかは明確ではありません。
  • 個別的不確実性
    同じ治療法を受けた患者でも、結果は異なる場合があります。個々の患者の体質や病状によって治療の効果が異なるためです。
  • 精神的不確実性
    患者は治療の結果に対して不安や期待を抱いています。そのため、結果が予測外であった場合、精神的な不確実性が生じます。
  • 価値にもとづく不確実性
    患者や家族の価値観や希望によって、治療の選択が変わります。これにより、結果の不確実性が増加します。

医療従事者は、患者さんやご家族に対して不確実性について適切な説明と同意を得る努力が必要です。もし不利益が生じた場合でも、最善の治療を提供することを目指していく必要があるでしょう。

価格弾力性の低さ

医療の価格弾力性とは、医療の価格変動に対して需要がどのように変化するかを定量的に示す指標です。

製品や商品において、価格が安くなれば需要は増加し、価格が高騰すれば需要が減少するものがあります。しかし医療は価格の変動に対して需要が変動することは少なく、医療サービスの価格弾力性は低いとされています。

では、医療の価格弾力性の低さに影響している要因はどのようなところがあるのでしょうか。

〈医療の価格弾力性の低さの要因〉

  • 医療は人々の健康と生命に直結するため、日常生活に不可欠のため(必需性が高い)。
  • 他の代替手段で置き換えることが難しい場合が多いため(代替可能性が低い)。
  • 信頼性、安全性などの非値段要因。
  • 専門的な知識と技術が必要な分野であり、一般人は専門知識を持っていないため。

所得弾力性の低さ

医療の所得弾力性とは、国民所得が増えた場合に医療サービスの需要がどの程度増加するか、または所得が減少した場合にどの程度減少するかを示す指標です。

医療は所得変動に対して需要が変化しにくい特性を持っています。要因としては、上記で述べた医療の価格弾力性の低さの要因と概ね同様でしょう。

医療を市場にさらすとどうなるのか

医療業界は国の制度や政府の規制などにより制限されています。もし医療を一般的な市場にさらしてしまうと、どのような問題が起きるのでしょうか。

〈医療の市場化で想定されること〉

  • 不当な医療価格の設定
    病院間で競争が起き、不適切な医療サービスが不当な価格で提供される。例えば、高額にもかかわらず効果のない薬が市場に出回ってしまう可能性があります。
  • 不適切な需要の誘発
    医療施設や医療スタッフが自らの利益を優先して不適切な需要を誘発してしまう。
  • 価格変動が起き、医療が平等ではなくなる
    市場化するということは、どんな人も最低限の医療が受けられるための政府の介入がなくなるということ。一般的な商品の値段は需要により変動している。しかし医療は需要の不確実性があり値段は一定である。これにより医療は国民全員が必要な時に最低限は受けられるものである。市場原理により価格変動が起きると、最低限の公的価格は崩壊し、全体として公平な医療は実現できない。
  • 格差の拡大
    高所得層と低所得層で医療アクセスに差が生じる恐れがあります。
  • 医療の質への影響
    利益追求により効率性を重視することになると医療の質が低下する可能性があります。

終わりに

今回は、医療業界の特徴について医療経済学的な視点から述べてみました。私たちが普段利用している医療は、上記のようにかなり特殊なサービスです。医療経済学を学ぶことで、こうした医療サービスについてどのようなリスクがあるのかを想定できます。

また、こうした特徴を知ることで患者さんは医療サービスを選択する際の役に立ちます。そして現場の医療従事者は業界特性を踏まえた上で日々どのように医療サービスを提供するのか十部に吟味していく必要があるのではないでしょうか。

参考資料

参考文献
・河口洋行,医療の経済学第4版 経済学の視点で日本の医療政策を考える,株式会社日本評論社,2020.12.25
・康永秀生,経済学を知らずに医療ができるか⁉医療従事者のための医療経済学入門,株式会社金芳堂,2020.8.1
・津川友介,世界一わかりやすい「医療政策」の教科書,株式会社医学書院,2020.7.15
・中村恵二,他,図解入門 最新病院業界の動向とカラクリがよ~くわかる本第2版,株式会社秀和システム,2015.12.23

参考サイト
・厚生労働省.我が国の医療制度について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/iryouhoken01/index.html

引用文献
(1)国民健康保険制度 |厚生労働省 (mhlw.go.jp)

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